●東南アジアからの便り④:ゼミ生のエッセイ「スラバヤで考えたこと:目には見えない大切なこと」

東南アジアに留学中の学生からエッセイが届きました。普段は学術的な文章を書く練習をしますが、このエッセイは自分の感情や思いをもとに書かれています。ゼミでは稀なことですから、皆さん楽しんでください!


今回は4年生の吉田理湖さん、第2弾です。


「スラバヤで考えたこと:目には見えない大切なこと」


 9月18日、Musjid Nasional Al Akbarに訪問した。インドネシアで2番目に大きなモスクで金曜礼拝には1,000人、断食明け大祭の礼拝には1万4千人ほどのムスリムが集まるらしい。外見のダイナミックさと、ドーム型に天高く広がり、ステンドグラスから溢れる光の反射に思わず時間を忘れて眺めてしまった。この場所に集って祈りを捧げれば、確かに神様と仲間の存在を感じて安心した気持ちになるだろうと思った。

 スラバヤに来てから美しいものに沢山出会った。町のいたるところにあるモスクは一つ一つ個性があって、街道のタベブヤという木もこの時期には色とりどりの花を咲かせている。私は度々足を止めてスマートフォンで動画や写真を撮った。


それにもかかわらず、本当に残しておきたいものは写真や動画には少しも収まらないということに毎回気づかされるのだ。

 Al AkbarモスクでAnusさんというムスリム男性に出会った。彼はモスクで管理や案内の仕事をしていて私たちに丁寧に説明をしてくれた。イスラームの義務や奨励のこと、インドネシアの寛容性のこと、おすすめのインドネシア料理のこと、、、

いつの間にか気が付いたら管理人たちが涼んでいるところで甘いコーヒーをご馳走になっていた。

 彼はイスラームの仲間が一人でも増えると心の底から嬉しいと話していた。モスクで入信の儀式があると毎回涙が止まらないという。彼はムスリムとして神を信じることで全ての罪が許されると話していた。共に天国に行けるこの上ない喜びが涙になるのだろう。そう考えると私たちのような非ムスリムはすこし残念な存在なのだろうか。

しかしながら、彼はそれぞれの宗教はどれも大切なことを教えていると話していた。私たち人間はできるだけ努力をして、あとは神様に身をゆだねることができる。日本では自殺などが問題化していることも話すと、大切なのは結果ではないと何度も繰り返して教えてくれた。違う宗教同士互いに尊重しなければならないことも「Toleransi(寛容性)」として教えてくれた。

とにかくこの上なく貴重な時間を過ごすことができた。また必ず来て会おうという言葉が何よりもうれしかった。彼に声をかける前に出会った案内人にはチップを払ったけれど、なんだか彼にはお金で返せない気がした。握手を交わして感謝を伝えた。


 スラバヤに来てから大切なものは本当に目に見えないと感じている。

このモスクの見た目の美しさはインスタグラムで少し伝わるかもしれないけれど、Anusさんの親切な気遣いや明るい冗談、日本から来た学生の私たちに対する熱のこもったお話はどうやって伝えることができるだろうか。

 最近はSNSや動画などでビジュアルを面白くしたり、きれいに飾ることが多くなって、「目に見えるもの、良く聴こえるもの」についとらわれてしまうこともある。

実際Anusさんとの写真を投稿するよりも、モスクを撮った写真の方がきっと訪れたい人を増やすことが出来ると思う。

 でも心の深いところに届くものは、いつも見えない部分に潜んでいるように思う。

簡単に決めつけたり逃げたりしてはせっかくの大事なことが分からずに終わってしまうのではないだろうか。


ぜひ、目には見えないスラバヤの魅力を自分の身で感じてほしいし、

私自身世界中のどこにいてもそういうものを感じていたいと思う。



モスクで出会った方々と撮った写真、左から2番目がAnusさん(筆者撮影)


アルアクバルモスクの写真、ムショラ(祈り)の時間には続々とムスリムが集まる