●東南アジアからの便り⑥:ゼミ生のエッセイ「シンガポールで考えたこと:失敗が意味すること」


東南アジアに留学中の学生からエッセイが届きました。普段は学術的な文章を書く練習をしますが、このエッセイは自分の感情や思いをもとに書かれています。ゼミでは稀なことですから、皆さん楽しんでください!


今回は4年生の関万葉さん、第2弾です。



「シンガポールで考えたこと:失敗が意味すること」

こちらにきて、たくさんの失敗をしている。大きな失敗1つ目は、ビザの申請に不備があり15日間不法滞在していたこと。1万円払った。

すごくショックだった。

お金を払ったことよりも、ビザ申請がきちんとできなかった自分が情けなかった。

しかしこの経験から、不運に見舞われても自分を保ち前向きに考える思考回路を手に入れた。

例えば、1万円のものを買うときにこの出来事を思い出すため、無駄買いのストッパーになっており結果的に得している。

また、30日以上は不法滞在になることを身を持って理解することができたことで、今後他の国に行くときや、将来海外にもし住むようなことがあったときより一層確認するようになると思う。

大きな失敗2つ目は、バスを間違えて深夜1時に1時間近く歩くことになったこと。

しかしそれがインドネシア人の友達記念すべき1人目、スラバヤの富豪の息子との出会いに繋がったので、結果的にラッキーな出来事だったかもしれない。

私が1つ前の駅で降りて正しいバスに乗っていれば、

あの時、彼が同じミスを犯していなければ、

彼が私に話しかけていなければ、

存在しなかった出会い。

自分が失敗したことで、新たな出会いが生まれ、スラバヤの中華系はお金持ちという新しい発見があった。その知識があることで他の友人との会話もより深く、楽しくすることができている。


人間は失敗し、間違える生き物だ。これから先1万円を払う、1時間歩くごときでは済まない苦難を経験するだろう。自分1人ではどうすることもできない危機も訪れるだろう。

それは大前提として、そこから学び、成長することが人間の本質ではないかと思う。

前に進むこと、新しいことにチャレンジすること、派手な経験をすることだけが成長、成功ではない。

後戻りして同じ道をもう一度辿ること、遠回りして、違う場所を行ったり来たりすること、立ち止まって考えることも、それに対して自分がどう向き合うか次第で全て成長に繋がる。

塞翁が馬な人生の途中で、シンガポールという(自分にとっての)異郷に住み、失敗も間違いも経験させてもらえていることに心から感謝している。

今後もたくさん失敗をして、少しずつ、自分のペースで学んでいきたい。

題名は中国系マレー人の友人の言葉を借りた。中国語は分からなくてもなんとなく理解できるのが面白いと思った。




カナダ人留学生、自分、イギリス人留学生

の3人で隣国マレーシアのバトゥ洞窟を訪れた時の写真